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とっくの昔に忘れていることでしょうが、我々はポアソン方程式(5.1)を解こうとしているのでした。 長い道のりでしたが、準備がようやく整いました。 ここまでのまとめとして、ポアソン方程式の一般解を構成していきます。
参考文献は佐々木です。
さて、我々が取り組むべき問題がどんなものだったのか、ここで再度振り返っておくのは無駄ではないでしょう。
佐々木 pp. 267- にはこの点が非常に細かく書かれていますので、要旨を紹介しましょう。 力学の質点運動などで現れる問題と異なり、ポアソン方程式には時間依存性がありません。 つまり本質的に「初期値問題」というものは存在しません。 完全に空間的な問題になっているわけです。 この空間に関する問題において、空間分布に制限を与えないまま「一般の調和関数」のような解を求めることは、「一般の解析関数」を求めるのと同じで、あまり意味がありません。 すなわちポアソン方程式を解く問題には本質的に境界条件がつきまといます。
この境界条件の与え方は主に2種類あります。 第一にディリクレ問題と呼ばれるもので、閉曲面上での関数値 \(\phi(\boldsymbol{x})\) による境界条件と内部に与える方程式から解を求めるものです。 例えば「半径 \(a\) の導体球殻が設置され、中心に電荷が置かれているときの電場分布を求めよ」という問題がこれにあたります。 第二にノイマン問題で、閉曲面上での関数の微分 \(\partial\phi(\boldsymbol{x})/\partial n\) による境界条件と内部に与える方程式から解を求めるものです。 こちらの例は「一様電場中に誘電体球を置いたときの電場分布を求めよ」というのが挙げられます。
前章まではとにかく「解を見つけよう」というモチベーション一筋で議論を進めてきました。 しかし本来微分方程式を解くにあたっては、解の存在のみならず一意性も考慮しなければなりません。 仮に一意性が担保されていなければ、計算して得られた解が目の前の物理現象を適切に記述する解とは別物の可能性すら浮かび上がってしまいます。
本節ではその心配がないことを示していきます。
一般にラプラス方程式 \[ \Delta\phi(\boldsymbol{x})=0 \] を満たす関数 (調和関数) \(\phi\) は開領域 \(D\) で最大・最小値を取りません。 厳密な証明は数学書などに任せるとして、ここでは概念的な説明を与えます。
もし点 \(P\in D\) で \(\phi\) が最大値を取るとすれば、\(P\) の近傍 \(U\) で \[ \forall\boldsymbol{x}\in\partial U, \forall\boldsymbol{y}\in U, \phi(\boldsymbol{x})\lt\phi(\boldsymbol{y}) \] なるものが取れるはずです。
本章では特に断りのない限り \(\boldsymbol{n}\) は法線方向単位ベクトルを表し、\(\partial\phi/\partial n\) は \(||\boldsymbol{n}\cdot\nabla\phi||\) を表すものとする。 また、\(\partial U\) は一般に \(U\) の境界として用いられる記法である。
このとき \(\partial\phi/\partial n\gt0\) が成り立ちますね。 しかし、調和関数 \(\phi\) はガウスの発散定理を用いると、 \[ 0 = \int_U\Delta\phi d^3x = \int_{\partial U}\nabla\phi\cdot d\boldsymbol{S} = \int_{\partial U}\dfrac{\partial\phi}{\partial n}dS \] を満たさなければならず、矛盾します。
最小値が存在しないことも全く同様に示すことができます。
ポアソン方程式の解の一意性の前に、領域 \(D\) に対するラプラス方程式の境界値問題を考えます。
まずはディリクレ問題を扱いましょう。問題の要求は \begin{cases} \Delta\phi(\boldsymbol{x})=0 & \boldsymbol{x}\in D \\ \phi(\boldsymbol{x})=\phi_0(\boldsymbol{x}) & \boldsymbol{x}\in\partial D \end{cases} です。 仮に境界条件を満たす2つの解 \(\phi_1,\phi_2\) が得られたとしましょう。 すなわち \begin{cases} \Delta\phi_1=\Delta\phi_2=0 & \boldsymbol{x}\in D \\ \phi_1=\phi_2=\phi_0 & \boldsymbol{x}\in\partial D \end{cases} 従って \begin{cases} \Delta(\phi_1-\phi_2)=0 & \boldsymbol{x}\in D \\ \phi_1-\phi_2=0 & \boldsymbol{x}\in\partial D \end{cases} が満たされます。 8.2.1でみたように、調和関数は領域 \(D\) 内に最大最小値をとりませんから、ラプラス方程式の解 \(\phi_1-\phi_2\) は \(D\) 内部で常に \(0\) です。 ということで、ディリクレ問題ではラプラス方程式の解は一意に定まります。
ノイマン問題も概して同様の方針で示していきます。 問題の要求は \begin{cases} \Delta\phi(\boldsymbol{x})=0 & \boldsymbol{x}\in D \\ \dfrac{\partial\phi}{\partial n}(\boldsymbol{x}) = \dfrac{\partial\phi_0}{\partial n}(\boldsymbol{x}) & \boldsymbol{x}\in\partial D \end{cases} です。 ここで一般のスカラー関数 \(u\) に関し、ガウスの発散定理を用いて \[ \int_{\partial D}u\dfrac{\partial u}{\partial n}dS = \int_D\nabla\cdot(u\nabla u)d^3x = \int_D[(\nabla u)^2+u\Delta u]d^3x \] が恒等的に成り立ちますが、\(\Delta u=0\) では \[ \tag{8.1} \label{8.1} \int_{\partial D}u\dfrac{\partial u}{\partial n}dS = \int_D(\nabla u)^2d^3x \] が得られます。 ディリクレ問題の考察同様に \(\phi_1,\phi_2\) の2解が得られたとして、 \begin{cases} \Delta(\phi_1-\phi_2)=0 & \boldsymbol{x}\in D \\ \dfrac{\partial(\phi_1-\phi_2)}{\partial n}=0 & \boldsymbol{x}\in\partial D \end{cases} がわかり、第2式を\eqref{8.1}に用いると \[ \int_D(\nabla(\phi_1-\phi_2))^2d^3x = \int_{\partial D}(\phi_1-\phi_2)\dfrac{\partial(\phi_1-\phi_2)}{\partial n}dS =0 \] となるので、\(\nabla(\phi_1-\phi_2)=0\) ですよね。 よって \(D\) 内部で \(\phi_1-\phi_2\) が一定、すなわち \(\phi_1,\phi_2\) 間には常に定数の差しかないことが導かれました。 ゆえに2つの解は独立ではありません。
以上によってラプラス方程式の解の一意性が担保されました。 ポアソン方程式については非斉次の解と調和関数の和で一般解が表せるので、ポアソン方程式についても解は一意に定まります。 ポアソン方程式の解の一意性が示されたので、あとは境界条件に即した解を探索すれば良いことになります。
さて、ようやくポアソン方程式 \[ \tag{5.1} \Delta\phi(\boldsymbol{x}) = -f(r)\phi(\boldsymbol{x}) \] の一般解 \[ \tag{5.2} \phi(\boldsymbol{x}) = \phi(r,\theta,\varphi) = R(r)\Theta(\theta)\Phi(\varphi) \] を構成しにかかります。 この際、一般的に妥当な境界条件として
を与えましょう。 このとき \begin{cases} m\in\mathbb{Z}&(6.7) \\ \lambda=l(l+1)&(6.11) \\ l\in\mathbb{Z}_{\geq0}&(6.12) \\ l\geq|m|&(6.13) \end{cases} が要求されるのでした。 ここでの \(\lambda, m\) といった数は、元来は \begin{equation} \frac{1}{R}\frac{d}{dr} \left( r^2\frac{dR}{dr} \right) + r^2f(f) = -\frac{1}{\Theta\sin\theta}\frac{d}{d\theta} \left( \sin\theta\frac{d\Theta}{d\theta} \right) - \frac{1}{\Phi\sin^2\theta}\frac{d^2\Phi}{d\varphi^2} \equiv\lambda \qquad(5.4) \end{equation} 及び \[ \frac{\sin\theta}{\Theta} \frac{d}{d\theta} \left( \sin\theta\frac{d\Theta}{d\theta} \right) + \lambda\sin^2\theta = -\frac{1}{\Phi}\frac{d^2\Phi}{d\varphi^2} \equiv m \] に現れたものであって、上記4条件を満たすときに解は \[ \tag{7.9} P_l^m(x) \equiv (1-x^2)^{m/2} \left( \dfrac{d}{dx} \right)^m P_l(x) \] \[ \tag{5.15} \Phi_m(\varphi)=e^{\pm im\varphi} \] と表されるのでした。 ただし、\(P_l^m(x)\) は \begin{array}{rcl} \tag{5.9} \cos\theta&=&x \\ -\sin\theta d\theta&=&dx \end{array} によって \[ \tag{5.12} \Theta_l^m(\theta)=P_l^m(\cos\theta) \] を与えるのでしたね。 以上、変数分離で導入した定数を \(l,m\) としたときの解は、 \[ \tag{8.2} \label{solution} \phi_l^m(r,\theta\varphi) = R_l(r)P_l^m(\cos\theta)e^{\pm im\varphi} \] となります。
ここで、\(l,m\) といった整数は特解を求めるために勝手に導入したものであり、まして\eqref{solution}が複雑な境界条件を満たすとも思えません。 一般的な境界条件に対応するためには、\(l,m\) が取れる値を全て考慮した上で線形和をとり、定数 \(C_l^{m+},C_l^{m-}\) を用いて、 \[ \label{solution detail} \sum_{l=0}^\infty \sum_{m=-l}^m R_l(r) \dfrac{1-\cos^2\theta)^{m/2}}{2^ll!} \left( \dfrac{d}{d\cos\theta} \right)^l (\cos^2\theta-1)^l (C_l^{m+}e^{im\varphi}+C_l^{m-}e^{-im\varphi}) \qquad(8.3) \] とするのが良いでしょう。 これによって解に加算無限の自由度が与えられますので、「如何なる境界条件に対しても」とは言えないまでも、現実的に計算可能な系においては(8.3)で太刀打ちできるものと期待されます。